鬼怒川まで歩いた日
都内からほぼ始発に乗り、2時間近く電車に揺られる。焦って家を出たせいで大好きなAirPods Proを忘れてしまったので、退屈この上ない。
7時20分頃新栃木駅に到着する。約2ヶ月ぶりに降りるその土地は相変わらずの田舎だ。県名を名乗り、さらには「新」とまで謳っているにしては何もない。カフェの一つもない。
本日の目的地は鬼怒川温泉。50km近く歩くだけで着く素敵な温泉地。今回鬼怒川まで歩けば、通算で東京駅から鬼怒川温泉まで踏破したことになるので気合が入る。更に言えば頑張って歩いた先に温泉があるのだからやる気は十分だ。(前回は新栃木→春日部だった為ゴールのご褒美が皆無)
早速歩き始める、線路沿いをしばらく歩いてから大きな道路に出て、ただひたすらに歩く。
ただただ広く開放感に溢れる。途中何度か軽食を挟み、お昼の時間へと。
蕎麦が食べたいので、蕎麦屋さんを探す。
ここは鹿沼。東京から一番近い蕎麦の名産地である。楽しみでたまらない。
ちょうど素敵な蕎麦屋さんを見つけたが、大きな出前が入ってしまった為、提供までかなり時間を要するとのこと。50km程とはいえ、時間を無駄にすることは許されない為諦める。(この店舗は厳しい条件をクリアした鹿沼蕎麦認証店であった。)
次に見つけた蕎麦屋さんは(小汚いが)知る人ぞ知る名店感を出していた。(後に知ることになるが、鹿沼蕎麦認証店ではない。)
しゅn君による入店の儀3回ノックを決めガラガラと引戸を開ける。趣のある店だ。
案内されたテーブルに座る。テーブルは6人座れる広さだが、ほぼ4人用。
と言うのも、僕の左側のテーブル上には土のついた植木鉢の水受け皿が鎮座しているのだから。汚い店だが、目を瞑ることにする。
注文をすると、やる気のない声で注文を受けてもらえる。
「山かけ蕎麦」「たぬき蕎麦」「鳥南蛮蕎麦」
至ってシンプルな注文だ。そして遅めのお茶が到着。
店内には他に3人。訛っているが汚い会話をしている。食事処でするような会話ではない話や知性を感じられない話で盛り上がっている。
ハズレだなと思った。地元の人に人気なのはいいが、店も汚ければ会話も汚い。そして蕎麦が一向に来ない。
3〜40分待ってやっと蕎麦がくる。一度に二つしか運べないようで「山かけ蕎麦とたぬき蕎麦ね」
先ずは山かけ蕎麦とたぬき蕎麦が来る。
「あ、たぬき乗せ忘れた。」
たぬき蕎麦は帰って行った。たぬき蕎麦のたぬきを忘れたらかけ蕎麦やろ。
「はい、たぬき蕎麦と鳥南蛮蕎麦ね」
やっときた。やっときた割には、一度帰った割にはたぬきが少ない。少なすぎて忘れそう。申し訳程度のたぬきが申し訳なさそうに浮いている。
写真を一枚撮り蕎麦を啜る。
すすれない。30分近く茹でたであろう蕎麦は啜れるはずもなく千切れる。
硬めの麺が好きな僕にとっては最悪の蕎麦。千切れる蕎麦程不味い蕎麦はない。
そしてネギは干からび不味い。
申し訳程度のたぬきは廃油で作られたカスのような味。カラッと揚がっているはずもなく、廃油を十分に吸ってベチョベチョである。少なめで救われた。
不信感が強くなってくる。お世辞でも美味しいと言えない。不味い。
汁からは出汁の香りなどするはずもない。
すると、隣の虫中(ニックネーム)がボソッと
「このなると変な味しませんか?」
いくら不味い蕎麦屋でもなるとは加工食品。変な味がするはずはないだろうと思いつつも、不信感があるため半分だけ食べる。
ヌメリがある。例えるならおでんのよく煮たちくわぶのような感じ。そして甘い。本当に甘かった。ご当地の甘いなるとかと思っていたが、違った。
次の瞬間口中に衝撃が走る。
さっきまでなると(のようなもの)だったソレは進化を遂げたのだ。
目を瞑ると思い起こされる記憶。
小学生だろうか、いや、中学生だろうか。
暖かく春の日差しが差し込む教室。整頓された机と椅子。黒板にチョーク。ほうきに凹んだトタンのバケツ。トタンのバケツにかけられている牛乳を拭いたあとの生乾きの雑巾。
そう。なるとと思しきソレは、口の中で牛乳を拭いた生乾きの雑巾になったのだ。
あ…ありのまま 今 起こった事を話すぜ!
「おれは 蕎麦のなるとを食っていたと
思ったら いつのまにか生乾きの雑巾を食っていた」
な… 何を言っているのか わからねーと思うが
おれも 何をされたのか わからなかった…
頭がどうにかなりそうだった… 催眠術だとかご当地なるとだとか
そんなチャチなもんじゃあ 断じてねえ
もっと恐ろしいものの片鱗を 味わったぜ…
クソほど不味い。
うんこ味のカレーかカレー味のうんこかなんてどうでもよくて、牛乳を拭いた生乾きの雑巾味のなるとが一番不味い。
世界一不味い飴と言われているサルミアッキを食べさせられたことはあるが、それよりも酷い。
ゲテモノと分かってお金を払い、安全性が保障された不味いものを食べるのと、美味しいと思いお金を払い、安全とも思えない腐っているかも知れないものを食べるのとでは訳が違う。
その直後正面に座っていたしゅn君がなるとを食べた。
小汚い店でもパーテーションはあったので、僕と虫中の会話は彼には届いていなかった。
彼は何も知らない状態でなるとを口に運び、
その後6秒程フリーズした。
不味すぎて思考が追いつかなかったのだろう。
情報量があまりにも多いなるとにより6秒もフリーズしてしまった彼は、その後思い出したかのように、不味いものを押し込むように、汁と麺をかきこんだ。
蕎麦を食べ終わったのでおでんを食べる。
蕎麦を出された時に
「蕎麦が遅くなってごめんなさいね、よかったらおでんでもどうぞ」と出されたおでんである。僕の真後ろのストーブの上で煮込まれたおでん。
こちらも同様味もしなければちくわは縦に割けるほどでろでろ。
翌日食べログを開くと、ランチタイムはおでんがサービスで出るらしい。恩着せがましく出されたおでんは蕎麦が遅かったから出たわけではない。
不信感と嫌悪感と不味さを飲み込み店を出る。
空気が美味い。みんなゲロを吐きそうな顔をしていた。どれをとっても不味かったのだ。
山かけ蕎麦には丁寧に卵が乗っていたが味がしなかったようだし、鳥南蛮の鳥には小骨が入っていたようだ。そして、どれもがちゃんと不味い。
地獄のような店を後にし、地獄のような店の悪口を歩くエネルギーにする。
口直しにコンビニで買った軽食はとても美味しかった。
やはり北に向かっているだけあって寒い。そして、晴れているのに雪が舞っている、風花という現象に初めて遭遇した。最近知ったばかりの風花を体験できたので嬉しい。
やっと標識に鬼怒川の文字をとらえる。
蕎麦に対する悪口を言い続け歩き続ける。途中道を間違えることもあったが綺麗な景色を見つつ歩みを進め、ゴール目前。
美しい紅葉。
遠くに雪を被った山が見える。
月が見える。昼と夜の狭間の儚い色が素敵だ。
新高徳駅のイルミネーション。
ホテル近くの美味しそうなお店で、馬刺しとエゾシカ鍋を堪能する。めちゃくちゃ美味い。
お金を払ってご飯を食べるなら美味しくなくちゃいけない。
初めてエゾシカを食べたが、臭みは少しあるもののかなり美味い。歩き疲れた身体に旨味と栄養が行き渡る。
鍋の締めにうどんを入れて完食。
最高の食事体験を済ませ宿へ向かう。
1kmにも満たない距離だが、一度座ってしまうと身体が動かない。痛みを伴いつつもゴール。
ホテルに到着し、温泉に入る。
疲れと冷えでダメージを負った身体に温泉が染み渡る。
そしてベッドに入り、一瞬のうちに眠りについた。
今回の旅のメインは温泉であるはずだったのに、不味い蕎麦が思い出のメイン。
歩いている間の話題の大半は蕎麦の話になり、このblogのメインも蕎麦の話になってしまった。
これからもめげずに旅を続け、色々な食事を楽しんでいきたい。
これで東京駅から鬼怒川まで踏破したことになる。
次回は福島方面に向けて歩みを進めていきたい。